社長ブログ

プロフィール

代表取締役 三浦 光一

1955年岩手県生まれ
子供の頃より社長になる夢を抱き、高校卒業後上京する。大学卒業時に5年後の会社経営を目指し、商社に就職する。縁あって休日に知人の清掃会社を手伝う。この体験を通じ、清掃業は新しい 産業であると確信、 28歳で一念発起して個人営業を始める。 29歳で株式会社第一ビルメンテナンスを設立。

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伝説の領域に向かって

2017.05.10
「物の見方、考え方の三原則」

第一ビルメンテナンス

物の見方、考え方には三つの原則がある。


一つは、目先で見るか? 長い目で見るか?

二つ目は、一面的に見るか? 多面的に見るか? あるいは全面的に見るか?

そして三つ目は、 枝葉(しよう)末節(まっせつ)で見るか? 根本的に見るか?

この三つである。


この三つの原則に照らし合わせて、今起きている事象、現象、問題等々を考えてみるとその正しい解決策が見えてくる。


人物、事象、現象、会社、組織をこの考え方の三原則に当てはめて「見る、考える」
そして判断、決断をすることこそが最上の策と私は考える。


人物、会社、組織の在り方を目先で見ると答えは簡単に出る。
しかし、長い目で見て考えた時に果たしてそうだろうかと考えたい。


人物、会社、組織の在り方を一面的に見ると、上手くいっているからいいだろうと考える。
しかし物事の全てには表があれば裏もある。


見えないところも、見えるところも一体になり、一体になったらどのように変化をするかを見ることが重要である。


素人(しろうと)は暗いところが見えないから素人と言われる・・・
玄人(くろうと)は暗いところが見えるから玄人と言われるという・・・
名人、達人といわれる人物は、まさに自然体の中で、表と裏が一体になって現れている姿ではないだろうかと私は考える。


見えるところも、見えないところも、全てを見、その未来の姿さえも見ることを、「全面的に見る」
ということではないだろうかと考える。


人物、会社、組織の在り方を「枝葉末節」で見ると、立派な枝や葉っぱや花を咲かせているようによく見える。


しかし、その枝や葉っぱの本を辿(たど)り、幹はどうだろうか、さらにその先にある根はどうだろうかと私は考える。


今、会社に起きている事象、現象、問題等々の全てに対して「物の見方、考え方の三原則」に立ち返り
判断、決断したいと強く思うこの頃である。


感謝、有難うございます。

2017.04.13
新入社員の皆様へ

第一ビルメンテナンス



新入社員の皆様、入社誠におめでとうございます。
また、社会人としての仲間入りに心からお祝い申し上げます。


新入社員の皆様を新しい仲間として迎えられた事に心から感謝申し上げるとともに、大変
嬉しく、有り難く思っております。


皆様は、今日から社会人一年生となります・・・
つまり一人の大人としてこの社会の中で立派に生きていかなければならないと考えます。


今日からは、学生とは違い、皆様の言動、行動、立ち居振る舞いがとても大事となります。
皆様の言動、行動、立ち居振る舞いに対して社会人としての厳しい責任が生じてきます。
このことをしっかりと自覚することが大事です。


社会人としてのスタートは、誰でも期待と不安が交錯します。
皆様には、これからの人生、仕事を迷うことなく大いに楽しんでいただきたく思います。


新入社員の皆様のご参考になればと願いを込めて、私の今日(こんにち)を作った言葉を贈り
ます。


これは私が今の皆様と同じような新入社員の時に聞いたお話です。

「人生と仕事」
についての考え方でありました。


『知恵のある人は、知恵をだして働く
知恵のない人は、汗をだして働く
知恵も、汗もだそうとしない人は、
やがて50、60歳になり、涙を流すだろう』


この言葉は衝撃的な言葉であり、私の心の奥底に響きました。


聞いた瞬間、50、60歳になり涙を流すのは、嫌だと私は思いました。
「私には、知恵がない、知恵がないならば、ただ、ひたすら汗を流して働こう」と、強く
心に誓いました。


そして、私は素直にこの言葉に従い、夢中になり、ただ、ひたすら汗を流して働きました。
そしたら、なんと驚くことに数年の後には、私にも少しばかりの知恵がついていたのです。
私は「私にも少しばかり知恵がついたのだ」と嬉しくなり、その喜びを噛みしめながらさら
に夢中になって汗を流して働きました。


そのようにして仕事が好きになり、働いていると周りから褒められるようになり、いつの間
にか仕事も人生も楽しくなりました。


私はこの言葉との出会いのお陰で、今、現在も仕事と人生を大いに楽しむことが出来ていま
す。


皆様もこれからの人生において、ご自分の心にぴったりとくる言葉を見つけだして、素直に
その言葉に従うことです。


そして、その言葉をご自分の胸に秘めて、継続して行動することです。
その結果として「人生と仕事」が大いに楽しく
なります。


皆様にも、これからの人生を素晴らしい人生にしていただきますように心からお祈り申し上げ、
新入社員の皆様へのお祝いの言葉とさせていただきます。



感謝、有難うございます。

2017.03.10
本社移転にあたり

第一ビルメンテナンス

お陰様で、無事に新しい本社事務所に引っ越すことが出来ました。
今回、とても驚いたことがあります。

 
 

社員の皆様もお気づきであると思いますが、お祝いのお花が多いことに本当に驚いてお
ります。

 
 

これは、社員の皆様の日頃の仕事の結果であると考えます。
また多くのお客様からお祝いのお花を頂いたことに、心から感謝申し上げます。

 
 

お客様への感謝の気持ちは、私たち全社員が一丸となって「仕事で恩返し」しなければ
ならないとあらためて意を強くしております。

 
 

本社移転に伴い、会社を創業した頃を思い出しております・・・
33年前の創業の頃、私は社員の皆様に向かって次のような話をしました。

 
 

「我が社は少数精鋭による経営を行い、全員参加で会社経営を行う。
そして、我が社の経営を一流にする。

 
 

一流の経営とは、一流の人材、一流の企画力、一流の技術力、一流の信用力、一流の
財務内容を基盤とした会社経営である。」

 
 

まさしく社員の皆様は、それに応えて奮闘努力し、一流の人材となり、一流の企画を提
案し、一流の技術力を身に付け、一流の信用力を得ることで、一流と言われる財務内容
の会社を創りました。

 
 

その結果として、このような一流のオフィスと言われるようなところに引っ越すことが
出来ました。

 
 

社員の皆様のお陰で、33年目にしてわが社も一流の会社と言われてもおかしくない会
社となったのです。

 
 

私たち一人ひとりが、このことをしっかりと自覚することにより、考え方および行動立
ち居振る舞いが、一流と言われるような所作になると私は考えております。
そういう意味において、私たち全従業員は既に一流の人物になっていると自覚したいと
思います。

 
 

従ってこれからは特別に頑張るのではなく、一流の人物として何が正しいか、何を行っ
てはいけないかをよく考え行動していきます。

 
 

我が社で取り組んでいる「経営計画書」や「環境整備」なども決して特別なものではな
く、一流の会社としては当たり前のことであると自覚します。

 
 

従って、特別に気負うこともなく、あたり前のことをあたり前として淡々と「経営計画
書」を実行する姿勢こそが一流の人物の証しであるとも考えます。

 
 

私たちは33年かけて自分を磨き自分を高め、一流の人物といわれるように自分で自分
自身を躾(しつけ)てきました。

 
 

あえて誤解を恐れずに申し上げれば、私たちは、もうこれ以上に頑張らなくてもいいと
いうことです。

 
 

既に私たちには一流の人物にふさわしいほどの力が身に付いています。
むしろこのことを自覚し誇りに思うことが大切であると考えます。

 
 

私たち社員一人ひとりが一流を自覚し、誇りに思うことで「己を修め、己を慎み、己を
磨く」ことが出来ます。

 
 

私も今日の喜びを忘れることなく「己を修め、己を慎み、己を磨き」今まで以上に心を
高め人間力を高めることで、社員の皆様と共に成長し、お客様と地域社会に恩返しをし
ていきたいと強く思います。

 
 

本社移転にあたりまして、社員の皆様の益々のご協力をお願い申し上げます。

 
 

感謝、有難うございます。

2017.02.12
良い習慣を身に付けるには

第一ビルメンテナンス

良い行動からは良い結果が生まれる。
悪い行動からは悪い結果が生まれる。
誰でも知っている自明の理である。

 
 

しかし、意識せずに良い行動を行うことは難しい。
無意識の中では自分の思いとは逆に、悪い行動を行い悪い結果を招いてしまう。

 
 

そう考えるとき、私は無意識の中で良い行動を行い、良い結果を得たい。
その為に「良い行動を習慣化したい」と考えた。

 
 

もし、悪い行動をしようと思ったら、心配する必要はない。
本能のまま自然のままに任せれば、悪い行動を起こし悪い結果を招いている。          

 
 

古来「躾(しつけ)」とは、押し付けるという意味から生まれたと聞く。
また、着物を作るときは「仕付け糸」で着物の形を整え着物を縫(ぬ)うという。
そして「仕付け糸」は着物の形が完成したら取り除かれる。

 
 

良い習慣を身に付けるには、自分自身を「躾(しつけ)」なければならない。
つまり、自分で自分に「押し付け」をしなければ
良い習慣を身に付けることが出来ないと教えている。

 
 

教育者の大家と言われた森信三先生の教えがある。
『子供を立派な人間にしたければ、たった三つの事を躾(しつけ)ければよい』と教え、
『躾(しつけ)ける条件はたった一つだけである』という。

 
 

その条件は「つ」のつくうちに押し付ける事である。

 
 

「つ」のつくうちとは、九つまでである。
九歳までに躾(しつけ)をしないと自我が生まれて容易に躾(しつけ)けることが出来な
いという。

 
 

躾(しつけ)の三つとは、
「挨拶をする」「返事をする」「靴を揃える」ことである。
これを押し付け、習慣化させると教えている。

 
 

挨拶をすることで謙虚な心が生まれる。 
返事をすることで素直な心が生まれる。 
靴を揃えることで規律、規則を守る心が生まれる。

 
 

誰の子供であれ、どのような子供であれ、この三つの躾(しつけ)を行えば必ず立派な
人間になるという。

 
 

私はこの三つに、もう三つを加えて「大人としての立派な人間」になりたい。
その三つとは「嘘を言わない」「卑怯な振る舞いをしない」「約束を守る」ことである。

 
 

良い習慣は自分で意識して自分に押し付けなければ決して身に付かない。
悪い習慣は意識せずとも、押し付けがなくとも、身に付いてしまう。

 
 

私はこの事実を肝に銘じて良い行動を行い、良い結果を成すために今日も良い行動を押し
付けてこの六つを習慣化しようと強く思う。

 
 

感謝、有難うございます。

2017.01.09
新年に思いの種を植える

第一ビルメンテナンス

新年明けましておめでとうございます。今年も社員の皆様と共にこのようにして新しい年
を迎えることが出来ましたこと、本当に嬉しく有難く思います。

 
 

また、こうして新しい年を無事に迎える事が出来るのも、皆様の日頃の活躍のお陰と心よ
り感謝申し上げます。

 
 

皆様のお正月は如何でしたか。一年の計は元旦にありといいます・・・元日には、皆さん
それぞれが今年の抱負を思い描かれたのではないかと思います。

 
 

年に一度だけ誰でも等しく魂が浄化され、無垢で綺麗な心になる月が正月と言われており
ます。

 
 

私はお正月を迎えたことで昨年の垢がすっかり取り除かれて無垢の状態、子供の心になっ
たような思いでおります。

 
 

私はこの真っ白で無垢になった「心」に、今年一年の思いの種を植えたいと思っておりま
す。私の思いの「種」とは、昨年に引き続き全従業員が仕事を心から楽しめる体制を作る
「種」であります。

 
 

全従業員に心から仕事を楽しんでいただくことで、お客様をはじめ地域社会に最高の喜び
と最高のサービスを提供していきたいと考えております。

 
 

古典の一節に次のような章句があります・・・「人にして遠(とお)き慮(おもんばか)りな
ければ、必ず近き憂(うれ)いあり」

 
 

目先の事だけを考えて行動していると、必ず近いうちに困ったことが起きるということを
教えております。

 
 

つまり、先のことも考えず目の前の事だけに汲々としてその場しのぎの仕事を行っている
ようでは、近いうちに大きな問題が生じ、必ず困ったことが起きると警告しています。

 
 

遠くを考えるとは、半年先・一年先に自分はどうありたいか、どのような自分になりたいか
を考え行動していくことです。そうすると必ず半年先・一年先には自分の思いを成し遂げる
ことが出来るとも教えております。

 
 

私は「人にして遠(とお)き慮(おもんばか)りなければ、必ず近き憂(うれ)いあり」を戒め
として、全従業員が今年の暮れには仕事を楽しんでいるための種を育てていきます。

 
 

感謝、有難うございます。

2016.12.14
心のありようで人生が変わる

第一ビルメンテナンス

人の心は移ろいやすく「ころ、ころ」と変わるから「心なんだ」と人は言う。自分の心で
ありながら、その心を自由にすることが出来ないのが心ではないだろうか。

 
 

心で思ったことが現実となり、良いことも悪いことも自分の前に現象として現われてくる
のが心の力ではないだろうか。

 
 

良きことを思えば良きことが起こり、悪しきことを思えば悪しきことが起こり、邪(よこ
しま)なことを思えば邪(よこしま)なことが自分に起きて来ます。

 
 

人は心が閉ざされ、硬く硬く閉まっていく時に、身も心も病気になると言われます。私が
大病で苦しんでいる時、薬師寺大本山 管主 山田法胤の心の話しを偶然にも聞く機会に恵
まれました。

 
 

山田法胤のお話は「心をしなやかに、心豊かに生きぬく」という教えでありました。山田
法胤から次のような言葉が発せられます。

 
 

「こだわらないこころ、とらわれないこころ、かたよらないこころ、ひろく、ひろく、もっ
とひろく、もーっとひろく」と、この心が般若心経(はんにゃしんぎょう)、空(くう)の心
なり、といわれました。

 
 

この言葉を聞いた瞬間、病に苦しみ、身も心も硬く閉ざされていた私のこだわる心、とら
われる心、かたよる心、せまいせまい私の心が解放されました。

 
 

私の心は、こだわらない心、とらわれない心、かたよらない心、ひろいひろい心となり、
素直な心となりました。

 
 

その素直な心になることで、大病で苦しんでいる私を見つめなおすことが出来、私の現実
を受け入れることが出来ました。

 
 

そして周囲を見回してみると私は独りで生きているのではないこと、私にかかわる全ての
人々に生かされていることに気付かされました。

 
 

そう考えるときに、全ての人々に対して感謝する思いと、その感謝に報いたいという思い
が私の心に生まれました。

 
 

大病を患(わずら)うことで心の大切さを知り、大病のお陰でしなやかな心になり、心豊か
になったと感謝せずにはいられない。

 
 

全ての人々に感謝し、その感謝の思いに報いるべく、全ての人々に恩返しの心で接してい
きたいと強く思う今日この頃であります。

 
 

感謝、有難うございます。

2016.11.08
一流の人物になるために

第一ビルメンテナンス

近い将来必ず一流の人物に成りたいと私は考えている。その為に「三流の人、二流の人、
一流の人」と言われる人物の具体的行動を考えてみた。

 
 

三流の人、二流の人、一流の人の具体的な行動を知ることで、私の行動を一流の立ち居
振る舞いに変えたいと考えている・・・人のふり見てわがふり直せという諺がある。

 
 

私の考える三流の人の行動とは、人の見ている所でも見ていないところでも努力しよう
としない人、努力を惜しみケチる人ではないだろうか。

 
 

自分の都合を最優先とし、周りの都合は無視をし、本能のまま、おもむくままに行動す
る人ではないだろうか。

 
 

また、主体性がなく指示命令待ちで仕事を行い、目的や目標を持てずに成り行き任せで
行動している人ではないだろうか。

 
 

二流と言われる人は、人が見ているところでは努力をするが、人の見ていないところで
は努力を惜しみケチる人ではないだろうか。

 
 

人生や仕事に対して成長し発展したいとは考えているが、そのために自ら努力はせずに、
他力に依存している人ではないだろうか。

 
 

一流の人物と言われる人は、人が見ているところでも見ていないところでも全力で物事
に臨み、努力を惜しまないケチらない人ではないだろうか。

 
 

物事の本質をとらえ、当たり前のことを当たり前として、正しいことを正しく行う。
常に最高の結果を出そうと努めている人ではないだろうか。

 
 

一流と言われる人は、周りの人々の幸せを願い、その為に自分を磨き、自分を鍛え自己
修養に努めている人ではないだろうかと私は考える。

 
 

一流の人物と言われるまでには、まだ、まだ、遠く険しい道である。しかし必ず近い将来、
一流の人物と言われる人になろうと強く思う。

 
 

一流の人物でなければ一流のリーダーを育てることが出来ない。一流のリーダーでなければ
一流の部下を育てることが出来ない。一流の集団にならなければ一流の会社になることは出
来ない。

 
 

感謝、有難うございます。

2016.10.10
「一流を考えるとき」

第一ビルメンテナンス

創業の頃、私は我が社の経営体制を次のようにしていきたいと社員に向かって話していた。
我が社は少数精鋭による経営を行い、全員参加で会社経営を行う。そして我が社の経営を
一流にする。

 
 

一流の経営とは、一流の人材、一流の企画力、一流の技術力、一流の信用力、一流の財務
内容を持っている会社である、と話していた。

 
 

33年たった今、振り返ってみた時に果たしてどうであるか、自問自答をしている・・・
私を導いてくれる言葉がある。「初心に返る」、「初心に返れ」と言う言葉である。

 
 

もう一度、初心に返ろうと考えた。そして初心に返り、一流と言われる会社を創ろうと
強く思う。

 
 

一流の会社と認められるには、私達全社員が一流と言われるような人物にならなければ
ならない。

 
 

一流の人物でなければ一流のサービスを行うことが出来ない。一流のサービスでなければ
お客様に喜びと感動を与えることが出来ない。

 
 

一流の人物と言われるような働き方をするために、私が考える「規範」物差しを作ってみた。
三流と言われる人物の働き方、二流と言われる人物の働き方、一流と言われる人物の働き方
を知ることで「規範」物差しとした。

 
 

三流の人物は、自分の事しか考えられない、言われてから行動を起こす、問題意識を持たない、
持続・継続性が無い、成果を出せない、容姿・身だしなみを全く気にしない、感謝・有難うと
いう心を持ち合わせてはいない人、ではないだろうか。

 
 

二流の人物は、行動を起こすが70%の力で仕事をし、問題意識が薄く、気づき・気づかいの心
がなく、持続・継続性にムラッケや波があり、諦めが早く、容姿・身だしなみを重要としない、
感謝・有難うとは言うが恩返しをしようとは思わない人、ではないだろうか。

 
 

一流の人物は、仕事の本質を理解し、言われる前に行動を起こし、最高の結果を出そうとし、
110%以上の力を発揮し、持続・継続性が高く、常に問題意識を持ち、気づき・気づかいの
心があり、成果・結果を出すまで決して諦めない、容姿・身だしなみは清潔で美しく整っている、
感謝の心を持ち恩返しをしたいと強く思う人、ではないだろうか。

 
 

このように考えて、三流、二流、一流の人物像の「規範」物差しを私は作って見た。この物差し
を使い、まだまだ未熟者である私が、一流を目指して具体的に行動をしていきたいと考える。

 
 

今の私は、三流、二流の人物である。一流の人物にはまだほど遠いと考える・・・しかし近い
将来には必ず一流の人物と認められ、一流の会社と認められるようになりたいと強く思う。

 
 

感謝、有難うございます。

2016.09.08
「復帰・復活に迷うは凶になる」

第一ビルメンテナンス

易経の中に「復(ふく)に迷う。凶(きょう)なり。災眚(さいせい)あり」と言う教え
がある。復とは復帰、復活、回復の時を表す。また、正しい道をそれてしまった時
の戻る方法を教えている。

 
 

自分の行うべき道、正しい道、歩くべき道を踏み外した時に、迷うことなく速やか
に素直に反省をすることで元に戻りなさい、と言っています。

 
 

「復に迷う」とは、自分で起こした禍であることを自覚しているのに、元に戻るこ
とをためらい、惜しみ、ケチっている迷いを指します。復(かえる)に迷えば永遠に、
正しい道、幸福の道に戻れなくなると教えています。

 
 

復に迷う。凶なり。「災眚(さいせい)」あり・・・「災眚(さいせい)」とは自分が
わざわざ作ってしまった禍のことを言います。

 
 

「災(さい)」とは、外部の要因、自然の中から起きた禍(わざわい)のことを言い、
「眚(せい)」とは、自分がわざわざまねいてしまった禍(わざわい)のことを言います。

 
 

自分で招いた禍(わざわい)とは、自分が正しい道を踏み外した為に起きた禍(わざわ
い)であり、この禍は自分で起こした禍(わざわい)であることを自覚しなければなり
ません。そして速やかに復に復(かえ)るべきです。

 
 

自己を弁護することでその場から逃げようとせずに素直に反省し、悔い改めることで
正しい道に自分を戻すことです。

 
 

自分が起こした禍を、あの人が悪いこの人が悪い、あれがなければこれがなければと
考えていることが、既に復に迷っている状況にあります・・・自分の招いた「眚(せ
い)」の禍と捉えて、道を踏み外してしまったと自覚し反省をして、速やかに正しき
道に復帰・復活することが大切です。

 
 

復帰・復活に迷い、惜しみケチると、「凶」になりさらに大きな禍(わざわい)が待っ
ていると教えています。

 
 

私は日常の中で起きた全ての禍は「眚(せい)」の禍と捉えます。そしてその禍を素
直に反省し、自戒することで速やかに正しき道に戻ることを選択します。そうする
ことで「凶」を「吉」に変えていきます。

 
 

感謝、有り難うございます。

2016.08.07
「未来を創るとは」

第一ビルメンテナンス

私たちは自分の未来を自分で創っている。一方でその結果を見てみれば、自分で意図しな
い未来が自分の前に現れてしまうために、自分で作った結果と認める人は極めて少ないの
が現実である。

 
 

しかし、良く考えてみると自分の未来を創っているのは自分以外にないことに気付く。
何故なら自分のことは自分で考え、自分で決め、自分で行動するしか方法がないから
である。
 
 

どのような人であれ、誰であれ、私たちの考え方を勝手に決め、勝手に行動させること
は不可能である。
 
 

しかし、現実には自分の人生や自分の仕事であるにもかかわらずに、誰かが決め、誰か
が代わりに行ってくれるだろう、と安易に考えている人が極めて多いのが現実である。
 
 

私はこの考えを他力依存と考えている。他力に依存してしまう限り自分の未来は他人任
せとなり、自分で未来を創りだすことが出来ない。
 
 

結果として、他力を求めている限り自分の人生も仕事も成り行きの未来になってしまう。
このように考えた時に自分の未来は偶然に起きているのではなく、自分で招きよせてい
る結果であるといっても言い過ぎではない。
 
 

他力を求めてただ漫然と日々を過ごしているようであれば、現状維持の姿勢である。
そこには何の成長も発展性もなく、より良い未来は決して創りだすことは出来ない。
 
 

他力でなく、自力で未来を創ろうとした時に、初めて自分の成長と発展性のある未来を
創ることが出来る。
 
 

私たちは自分の好きなことを目標として、好きなことの計画を立てた時には、ほぼ目標・
計画通りになっている。つまり好きなことの目標設定、好きなことの計画は、立てた時
点でその未来は実現しているのである。
 
 

私たちは自分の好きなことの未来は確実に実現している。しかし、自分自身でその未来を
実現しているということに気付いていないだけである。
 
 

例えば、ハワイに行きたいと考えている4人の人がいる・・・一人は「ハワイに行きたい
なー」と考え、一人は「ハワイに行けたらいいなー」と考え、一人は「ハワイに行く」と
考え、一人は「何としてもハワイに行く」と考える。この4人の中で誰が確実にハワイに
行くことが出来るのかと考えた時に自ずと答えがわかる。
 
 

「ハワイに行きたいなー」、あるいは「ハワイに行けたらいいなー」と考えている人は、
十中八九ハワイに行くことが出来ない人である。単なる願望だけで終わることになる。
 
  

「ハワイに行く」と考えた人は50%~60%の確率で行くことが出来るだろう・・・
しかし「何としてもハワイに行く」と考えた人は確実に100%の確率で行くことが出来
るだろう。
 
 

このように考えると、私たちは好きなことであれば誰でも自分で自分の未来を創りだし、
実現している。
 
 

つまり自分の好むこと、好きな未来は、必ず実現することをこの例えが教えている・・・
より良い未来を創る秘訣は、自分で自分の未来を楽しく想像し、好きになることである。

 
 

自分の仕事の未来は、自分の人生の未来につながる。そして家族の人生の未来にもつながる。
 
 

自分の人生、そして家族、仲間の未来を創りたいと思ったならば、仕事の目標や計画を楽し
みと捉え、何としても実現すると強く思うことである。 
 
 

そして自分の目的、目標、計画にほれ込み、寝ても覚めてもイメージし続けることである。
楽しんで愉快に未来を実現する方法は「惚れて通えば千里も一里」と言う諺が教えてくれている。
 
 

感謝、有難うございます。

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