社長ブログ

プロフィール

代表取締役 三浦 光一

1955年岩手県生まれ
子供の頃より社長になる夢を抱き、高校卒業後上京する。大学卒業時に5年後の会社経営を目指し、商社に就職する。縁あって休日に知人の清掃会社を手伝う。この体験を通じ、清掃業は新しい 産業であると確信、 28歳で一念発起して個人営業を始める。 29歳で株式会社第一ビルメンテナンスを設立。

続きを読む

アーカイブ

  • 課題で探す
  • お問い合わせ 0120-889394(ハヤクミガクヨ)無料でご提案・お見積いたします。
  • 部門長ブログ
  • 社長ブログ
  • ひとえいち
  • アーステクノサービス株式会社

社長ブログ

伝説の領域に向かって

2018.08.23
技能オリンピック

第一ビルメンテナンス

7月2日、第10回技能オリンピックが開催された・・・年に一回行われる我が社のメーン・イベントである。


技能オリンピックは我が社の最大の特徴とする「安全で清潔で、衛生的で快適な人に優しい環境」を創りだすための技術を競う大会である。


その環境を創りだす社員を我が社では「環境エンジニア」と命名している。環境エンジニアは明るく元気にさわやかな声で挨拶をする。


挨拶の出来ない人、不快感を与える人は環境エンジニアにはしないという我が社の厳格な決まりがある。


環境エンジニアは「安全で清潔で、衛生的で快適な人に優しい環境」をお客様と地域社会に提供することを使命とする。


技能オリンピックは、「匠」の称号を目指し、お互いが自分の磨いた技を競い合う戦いである。「匠」の称号を得るには三個の金メダルの獲得が必要となる。


環境エンジニアの修業を積んだ選手が各部門から1名選抜され技能オリンピックに参加することが出来る。匠の称号を得るには技能オリンピックに参加してから最短でも三年を要する。


技能オリンピックが開催されて10年になるが「匠」の称号を持つ環境エンジニアは一名である・・・次の「匠」を目指しての激しい戦いが繰り広げられる。


オリンピック選手のレベルの高さに圧倒された一日であった。まさに選手の姿が我が社の未来像を実現しているように見えた。


環境エンジニアに必要とする精神は「感謝、誠実、思いやり」の心を持ってお客様と地域社会に最高のサービスを提供することにある。


我が社のサービスを伝説の領域までに高めて伝説のサービスを提供し続けることが我が社の未来の姿である・・・まさに技能オリンピックで我が社の伝説のサービスを見た一日であった。


感謝、有難うございます。

2018.07.11
営業オリンピック

第一ビルメンテナンス

6月18日第5回営業オリンピックの開催、とても白熱した戦いに感動を覚える。
我が社のサービスが伝説の領域に達する姿を見る思いであった・・・営業担当20名が選抜され、その技を競った。


営業担当の使命は「お客様に喜ばれ、お客様を繁栄させる」ことにある。
お客様に喜ばれ、お客様を繁栄させることの出来ない営業担当はお客様の前に立たせない。
という我が社の決まりがある。


お客様に喜ばれお客様を繁栄させるための技術、腕を競うのが年に一回の営業オリンピックである・・・私は審査をしながら営業の本質は何かと考えてみた。


古代、太古の昔、男達は外に出て狩りをした。狩りの目的は仲間と家族を養うためである。
狩りの上手な戦士たちは、何日も何日もかけて山を歩き続けて獲物を追いかける。
その捕らえた獲物を村に持ち帰り仲間や家族を養っていた。


テレビのシーンを思い出す・・・アフリカの原住民の戦士たちの姿である。
戦士たちは村の仲間や家族を養うために、腰に干し肉と、水筒をぶら下げて三日、四日と獲物を追い続ける。
獲物の足跡を見つけ、その足跡を辿っていく。獲物の糞を調べ、その硬さで獲物との距離を掴んでいく。


戦士たちは忍耐強く獲物を追い続けて最後に獲物にたどり着く・・・その獲物が休んでいる隙を見て仕留めるシーンがあった。


村の仲間や家族は、お腹を空かせてその戦士達の持ってくる獲物を待っている・・・私は営業オリンピックを審査しながらこのシーンを思い出していた。


会社や仲間を守ることにより自分とその家族をも守ることが出来るのが営業の仕事である。
なんと勇ましく誇らしい仕事であろうかと思った。


戦士たちの武器は弓矢と槍である・・・我が社の営業担当の武器は「誠実と熱意と忍耐と粘り」である。
この四つの武器を磨きに磨いて自分を鍛えるのが我が社の営業担当者である。


「先義後(せんぎこう)利(り)」・・・お客様の喜びと繁栄が先にある。その後に我が社の繁栄がある。


会社、仲間、家族の繁栄を願うのであれば、まず、お客様の喜びと繁栄が先になければならない。
その後に我が社の繁栄、仲間、家族の繁栄が待っている。


感謝、有難うございます。

2018.06.12
私に力と勇気をくれた仕事への処し方

第一ビルメンテナンス

私が23歳、社会にでて五里霧中(ごりむちゅう)で仕事を行っている時に出会った五つの教えがある。
仕事に対しての処し方、心構えである。


この五つの処し方、方法が私に「力と勇気」を与えてくれた・・・あらためてこの処世訓に感謝せずにはいられない。


一つ、「最も難しい仕事に向かって猛進せよ」 
やさしい仕事、簡単な仕事は誰でも出来る。
最も難しい仕事が人間を成長させてくれる。
難しい仕事を克服した時の喜びは、成し遂げた人だけが味わうことの出来る最高の喜びとなる。


一つ、「困難に直面するごとに、勇躍百倍せよ」
平時、平和な時には、人と人の大差がない。有事、困難に直面した時にその人の真価が問われ大きな差が出来る。
有事に備えて常に自分を鍛え強くする訓練が困難である・・・困難に直面した時に心を熱くし、熱を作る。
熱を作り勇気を奮い起こすことで困難を克服することが出来る。


一つ、「忍耐と粘りのないところに、成功はない」
もう駄目だと思った時が仕事の始まりである。 
耐えに耐え、粘るに粘る力が強靭な心を作り、何があっても諦めない心を作ってくれる。


一つ、「夜討ち朝駆けは、戦果を倍加する」 
戦果を倍加するとは生産性を倍にすることである。朝一番、夕方の時間の使い方が要諦である。 
これに加え、雨の日、雪の日はさらに戦果を倍加するチャンスである。


一つ、「時間を空費する事は、最大の損失である」
時間は誰にも平等に24時間、与えられている。一日の24時間をどう使うかが成功への鍵となる。


まだまだ、未熟な私である・・・心新たにして初心に返り、この五つの処世訓を毎日唱え、私の血肉化とし心を磨き続けたいと強く思う。


感謝、有難うございます。

2018.05.14
「社会人になって身に付けた五つの訓辞」

第一ビルメンテナンス

私が社会に出て初めて知った五つの教え、その訓辞が今の私を作ってくれたと感謝せずにはいられない。


一つ、「誠実、何事にも誠心(まごころ)を持って当たれ、約束を守る」 
誠実とは、言ったことを実行する。
誠心(まごころ)とは自分の本心、良心、思いやりのこと。正しい心、正義の心を持って実行する。


一つ、「責任、今日の仕事は今日中に、明日に延ばすな」
責任とは自分の与えられた任務、役割、義務のことである。
これを実行する人が責任感のある人と認められ信頼される。


一つ、「和合、常に相手の身になって考へよ、相互(そうご)信頼(しんらい)融和(ゆうわ)」
常に相手の立場、相手の身になって考えることで誰とでも和合することが出来る。
和合とは分け隔てなく誰とでも仲良くすることである。
和合することでお互いが融和する。融和することで慣れ親しみ合いお互いの信頼関係が生まれる。


一つ、「明朗、ニコニコ笑顔で挨拶、笑顔で話そう」
こだわりがなく心を明るく持つことが明朗である。
常に誰に対しても明るく笑顔で話すことを心掛ける。笑顔で挨拶をし、笑顔で話す人を嫌う人はいない。


一つ、「感謝、神に祈り感謝の生活、互譲と奉仕」 
今生きていることに感謝する。家族に感謝する。健康であることに感謝する。同僚仲間がいることに感謝する。


感謝の心を持つことで恩返しの心が生まれる。そして譲り合いの心、お互い様という心が生まれる。
恩返しの心を持つと、私も誰かの役に立ちたいという奉仕の心が生まれる。


まだまだ、未熟な私である・・・心新たにして初心に返り、この五つの訓辞を唱えることで私自身を磨いていきたいと強く思う。


感謝、有難うございます。

2018.04.12
「仕事の名人達人になる為に」

第一ビルメンテナンス

4月を迎え、社会人としての新しい人生のスタートを切った多くの新入社員の人達がいる。
社会に出て、これから何をベースに自分を磨いていくかを考えてみた。


私が経営に行き詰まり、悩み苦しんでいる時に掴んだ教えである・・・
古来より名人達人になる為の最短の方法を説いている。


この方法を実行していけば、私でも経営者の名人達人になれるのではと思えた瞬間であった・・・
まだまだほど遠い道のりである。


古来より「武道、茶道、華道」などで用いられていた方法と聞くその教えは「守破離(しゅはり)の法則」である。


守・破・離とは、物事を学ぶ時の最も大切な姿勢である。
「武道、茶道、華道」に限らず仕事の上に於いても先人達は、この三つの段階を経てその道を極めてきたという。


第1段階の「守」とは師匠の教えをそっくりそのまま忠実に守ること。全て師匠の教えの通りに行う事。
それ以外のやり方をしてはならない。


もし初心者でこれを疑い、批判する人がいたら、その人は学ぶ姿勢の無い人であり、絶対に向上発展はあり得ない。


まず、最初は師匠がどのような考え方、どのような態度や姿勢を持っているかをそっくりそのまま学ぶ、真似(まね)ることです。師匠に教えられたことや言われたことを守り切ることです。


第2段階の「破」とは、師匠の教えを全て自分のものにした上で、自分の新しい工夫を加え、師匠の教えを少しずつ破り成長していく段階になります。


第3段階の「離」とは、師匠の教えから脱皮し、自ら一つの境地を築き上げる段階です。
つまり自分独自の技を持つ段階になります。


自分独自の技を持ったら、もう一度師匠の教えの守る「守の段階」に戻ることです。
守に戻ることで更に自分の技を磨くことが出来ます。
この「守る・破る・離れる」を繰り返していくことが仕事の名人、達人になる最も早い近道となります。


周囲をよく見回してみよう。必ず師匠となる仕事の名人、達人がいるはずです。
そしてその名人、達人を見つけたら、守・破・離の法則を徹底して用い、自分を磨き高めることです。


今日も私は、守破離の法則を繰り返し、繰り返し実行することで経営者の名人、達人になる為、自分を磨き続けたいと思います。


感謝、有難うございます。

2018.03.13
「仲間外れにならない為に」

第一ビルメンテナンス

人に嫌われ疎(うと)んじられ仲間外れにされる人がいる。人に好かれ歓迎され、いつも楽しくしている人がいる。
立派な人、素敵な人はいつも皆に歓迎され、そこにいるだけで明るく楽しくなる。


仲間外れにされる人は、集団の中に入ろうとすると「何しに来たの?」「来なければいいのに・・・」「迷惑だよね」と心の中で皆に呟(つぶ)やかれる。


仲間外れにされたくなければ立派な人、素敵な人と言われるような行動をしなければならない。


立派な人、素敵な人たちは地位や財産には関係なく、立派な言動・行動・立ち居振る舞いの出来る人である。


言葉を変えて言えば、立派な人は常に自己の最善を他者に尽くしている人である。
「自己の最善を他者に尽くす」とは、自分で出来る最も善いと思うことを相手にしてあげることを言う。


地位やお金がなくても出来る善い行い、善い行動を「七つの施(ほどこ)し」で教えている。
それは仏教の教えにある「無財(むざい)の七施(ななせ)」である。


まだ何も出来ていない未熟者の私は、今日からこの「無財(むざい)の七施(ななせ)」を実行し、立ち居振る舞いを善い行い・善い行動に変えていこうと強く思う。


その一つは、眼施(がんせ)・・・慈眼施(じがんせ)とも言い、慈(いつく)しみに満ちた優しい眼差しで全ての人に接する事である。心の温かさを自らの目を通して相手に伝える。


二つ目は、和顔施(わがんせ)・・・自分の優しい心を素直に顔の表情に表わす。
いつも和(なご)やかで穏(おだ)やかな顔つきで人や物に接することで人に安心や喜びを与える。


三つ目は、愛語施(あいごせ)・・・優しく思いやりのある言葉・態度で接し、その心で言葉を交わす。


四つ目は、身施(しんせ)・・・自分の体で奉仕する。自らの体を使い、人の嫌がることは自ら進んで行い、他者の為に尽くす行動を常に心掛ける。


五つ目は、心施(しんせ)・・・他者の為に心を配り、心の底から共に喜び共に悲しむ事の出来る心を作る。
人の痛みや苦しみを自らのものとして感じ取れるような心になる。


六つ目は、牀座施(しょうざせ)・・・たとえ自分が疲れていても、電車の中で喜んで席を譲ることを心掛ける。
また競争相手にも、自分だけの繁栄を願うのではなく、共に繁栄するために大事な情報は隠さずに教えてあげることを心掛ける。


七つ目は、房舎施(ぼうしゃせ)・・・風や雨露(あめつゆ)をしのぐ所を与える。自分が半身濡れながらも、相手に雨がかからないように傘をさしかける思いやりの行動をする。常に自己犠牲を厭わずに相手の満足を求め、それを私の喜びとする。


今日からこの七つの施(ほどこ)しを心掛け行動し、私の血肉化とする。
そして明るく楽しく笑顔の絶えない喜びの人生にしたいと強く思う。


感謝、有難うございます。

2018.02.13
「人間関係を善くするための最上の徳とは」その3

第一ビルメンテナンス

社会も会社も自己と他者から出来ている。自分がいて相手がいる。自分は一人、相手は複数となる。


自己は一人、他者は限りのない人数となる。この事実が人間関係の大切さを教えてくれる・・・
自己の利だけを追い求めると、他者(複数の人)から嫌われ孤立無援の人となる。


自分のことだけを考えている人を「自己中心的」な人と言い、自分の利益のみを優先して考える人を「利己的」な人という。


自分の利益を優先している利己的な人は利益に嫌われる。自分の求めている利益を得ることは出来ない。
何故なら、人数の多い他者に嫌われ利益の分配を得られなくなるからである。


利益を得たいと思ったら、人数の多い他者との人間関係を善くすることである。古来、人間という文字を「じんかん」と読んだ。
人間は人と人の間柄(あいだがら)で成り立ち、独(ひと)りでは生きていけない動物だからである。


人間の関係は、優しいだけ、思いやりがあるだけでは上手くいかない。また、厳しいだけでも上手くいかない。
人間関係を善くする最良の方法が古(いにしえ)の教えである。


その教えは九つの徳を身に付けることにあるという。この九つの徳を実践行動していくことで最上の徳が身に付くと言われる。


私は、私に関わる全ての人々との間柄(あいだがら)、人間の関係を善くするために「九つの徳」を身に付けたいと思う。
今月も次の三つの徳を身に付けるための実践行動していくこととする。


その一つは「簡(かん)にして廉(れん)」・・・大まかに物事を捉えるが杜撰(ずさん)にするのではなく、筋道をしっかりと逃さないことを心掛ける。


物事を複雑に捉えずにその全体像を見て判断をするが、いい加減な物の見方はせず、その筋道までをしっかりと捉える。


二つ目は「剛(ごう)にして塞(さい)」・・・意志を強く持ち、剛毅な性格を持っているが押し付けることなく思慮深く考える。


意思が固く強い心、挫(くじ)けない心を持ちながらも自分の思い、意思を相手に押し付ける態度はしない。
そして相手の意見が自分の考えより勝(まさ)っているならば、それを素直に進んで受け入れる。


三つ目は「強(きょう)にして義(ぎ)」・・・実行力があり、力を持っているが独(ひと)りよがりの暴走をすることなく道理、節度をわきまえて行動をする。


物事に屈しない精神力でどんな困難にも挫(くじ)けず、怯(ひる)むことなく仕事をするが、人として守るべき正しい態度、礼節を重んじて行動していく。


この3ヶ月で「寛にして栗(かんにしてりつ)、柔にして立(にゅうにしてりつ)、厳にして恭(げんにしてきょう)、乱にして敬(らんにしてけい)、擾にして毅(ぜいにしてき)、直にして温(ちょくにしておん)、簡にして廉(かんにしてれん)、剛にして塞(ごうにしてさい)、強にして義(きょうにしてぎ)」この九つの徳を身に付けたことになる。


私はこの九つの徳を無意識の中の意識で使えるように、今日から繰り返し、繰り返し実践行動していくことで血肉化したいと強く思う。


感謝、有難うございます。

2018.01.11
「人間関係を善くするための最上の徳とは」その2

第一ビルメンテナンス

社会も会社も自己と他者から出来ている。自分がいて相手がいる。自分は一人、相手は複数となる。


自己は一人、他者は限りのない人数となる。この事実が人間関係の大切さを教えてくれる・・・
自己の利だけを追い求めると他者、複数の人から嫌われて孤立無援の人となる。


自分だけのことを考えている人を「自己中心的」な人と言い、自分の利益のみを優先して考える人を「利己的」な人という。


自分の利益を優先している利己的な人は利益に嫌われる。自分の求めている利益を得ることは出来ない。
何故なら、人数の多い他者に嫌われ利益の分配を得られなくなるからである。


利益を得たいと思ったら、人数の多い他者との人間関係を善くすることである。古来、人間という文字を「じんかん」と読んだ。
人間は人と人の間柄(あいだがら)で成り立ち、一人では生きていけない動物だからである。


人間の関係は、優しいだけ、思いやりがあるだけでは上手くいかない。また、厳しいだけでも上手くいかない。
人間の関係を善くする最良の方法が古(いにしえ)の教えある。


その教えは九つの徳を身に付けることにあるという。この九つの徳を実践行動していくことで最上の徳が身に付くと言われる。


私は、私に関わる全ての人々との間柄(あいだがら)、人間の関係を善くするために「九つの徳」を身に付けたいと思う。
今月は次の三つの徳を身に付けるために実践行動しようと思う。


その一つは「乱(らん)にして敬(けい)」・・・何か問題が起きた時には自ら先頭に立って物事を治めるが、普段は目立たず慎み深くしている。


物事に乱れが生じ混乱した時には、自らが発憤(はっぷん)興起(こうき)し先頭に立ち、その問題を速やかに解決する。
問題の解決が終わったら、他者を敬うことを忘れず普段は静かに慎み深くしている。


二つ目は「擾(ぜい)にして毅(き)」・・・いつも静かにおとなしくしているが、芯をしっかり持って自分の信念に反することには毅然とした態度をとる。


心を静かにして、自分を飾らずに気負うことなく淡々と人に接するが、自分の信念や志と違うことを相手に求められ強要されたら毅然とした態度で接し、自分の信念に反する行動はしない。


三つ目は「直(ちょく)にして温(おん)」・・・歯に衣着せずに率直にものを言うが、人当たりは温和で相手に威圧感を与えることをしない。


「直」とは物事を正しくとらえ、飾らずに誤解のない話し方をする。そして物事の判断は是々非々で行い駄目は駄目、正しいことは正しいと率直にものを言うが、常に温かい心を忘れずに、相手に決して威圧感を与えないことを心掛ける。


私は、己の未熟さを深く反省し、言動、行動、立ち居振る舞いを日々省(かえり)みることで、この三つの徳を血肉化したいと強く思う。


感謝、有難うございます。

2017.12.08
「人間関係を善くするための最上の徳とは」その1

第一ビルメンテナンス

社会も会社も自己と他者から出来ている。自分がいて相手がいる。自分は一人、相手は複数となる。


自己は一人、他者は限りのない数となる。この事実が人間関係の大切さを教えてくれる・・・
自己の利だけを追い求めると、他者から嫌われ孤立無援の人となる。


自分のことだけを考えている人を「自己中心的」な人と言い、自分の利益のみを優先して考える人を「利己的」な人という。


自分の利益だけを優先している利己的な人は利益から嫌われる。求めている利益に逃げられてしまうことになる。
利己的な人には他者が利益を与えることを嫌うからである。


利益を得たいと思うなら、数の多い他者との人間関係を善くすることである。古来は人間という文字を「じんかん」と読んだ。
人間は人と人の間柄(あいだがら)がなければ生きていけない動物だからである。


人間の関係は、優しいだけ、思いやりがあるだけでは上手くいかない。また、厳しいだけでも上手くいかない。
人間の関係を善くする最良の方法が古(いにしえ)の教えである。


その教えは九つの徳を身に付けることにあるという。この九つの徳を実践行動して行くことで最上の徳が身に付くと言われる。


私は、私に関わる全ての人々との間柄(あいだがら)、人間の関係を善くするために「九つの徳」を身に付けたいと思う。
初めに三つの徳を身に着けるための実践行動をしようと思う。


その一は「寛(かん)にして栗(りつ)」・・・寛大な心を心掛ける。しかし寛大だけでは上手くいかない。
寛大さと同時に細部をないがしろにしないという厳格さも身に付けなければ単なる鈍感な人になってしまう。


寛大とは、度量を大きくして、思いやりを持ってむやみに人を責めないこと。栗(りつ)とは栗(くり)の木のようにきめ細やかにすることである。


ここで言うきめ細やかさとは、道徳や規律に厳しくし、不正や怠慢を許さない厳格さも合わせ持つことにある。


その二は「柔(にゅう)にして立(りつ)」・・・いつも柔和な態度で心を穏やかなにする事を心掛ける。
しかし単に柔和で穏やかだけでは上手くいかない。いざ事が起きた時にはテキパキと物事を進める。


その三は「厳(げん)にして恭(きょう)」・・・自分に対して特に厳しくする。そして人に対しても厳しく接するが決して横柄な態度はとらない。
威張ることをせず、無遠慮(ぶえんりょ)な態度をとらず不躾(ぶしつけ)な態度は決してとらない。


己の未熟さを深く反省し、言動、行動、立ち居振る舞いを日々省(かえり)みることで、今日からこの三つの徳を私の血肉化としていきたいと強く思う。


感謝、有難うございます。

2017.11.07
「剛毅木訥、仁に近し(ごうきぼくとつじんにちかし)」に思う

第一ビルメンテナンス

論語の章句にある「剛毅朴訥、仁に近し」
「剛毅(ごうき)」とは自分の決めた志をやり遂げようという強い意志。
「木訥(ぼくとつ)」とは飾り気がなく、口下手で自分の思いを上手く
表現できない人。 


飾り気がなく口下手であるが行動が立派な人のことを「剛毅(ごうき)
朴訥(ぼくとつ)」と言う。
ただ口先だけ立派で実行しない人より、本当に実行している人の方が
立派な人である。
また、そういう人が思いやりのある人だと「孔子」先生が教えている。


私はこの章句を読んだ時、次のように考えた。
「剛毅朴訥」の人はコミュニケーション能力がない人のように見えるが
実は言葉を大切にしているから多くを語らない人ではないだろうか。


「巧言(こうげん)令色(れいしょく)」の人のように言葉巧みに口先だけが
先行して単にその場を取り繕(つくろ)っているような人とは違い
「剛毅(ごうき)朴訥(ぼくとつ)」の人は自分の言葉に責任を持っている
から多くを語らないのではないだろうか。


「剛毅(ごうき)」とは、二つの強さの意味がある。剛は表面的な強さ
外に表れた強さを表す。


「毅(き)」は内に潜んだ強さ、耐え忍ぶ強さを表している。
この耐え忍ぶ強さこそ真に必要なものである。


松は堅くて威風堂々としその姿は立派である。しかし雪が降り
雪が積もるとその重みでパキーンと大きな音を立てて折れてしまう。


そこにいくと竹は、細くても強い。雪が積もると竹はスウーっと
曲がるが雪が溶けて落ちるとまた元に戻るような強靭な強さを持っている。


竹は折れずに伏すと言うが、見てくれの強さよりも竹のように困難に
耐え忍ぶ強さこそが真の強さである。


「朴訥」とは、木の切り株のたとえである。
木の切り株のように何の飾り気もなく謙虚に生きる姿勢を表している。 


「朴(ぼく)」から僕という言葉が生まれた。自分がへりくだって謙虚に
謙遜する態度を「僕」という。


剛毅木訥の人は余計なことは何も語らない。
自分を飾って見せることもなく、ただ誠の心を持って自分の信念を貫いている。


そのような人の背中を見ていると自然と尊敬し、敬(うやま)う態度になる。
「剛毅木訥」の人は余計なことを語らずに己の姿勢のみで人としての
あるべき姿を見せている。


とても深く考えさせられる章句である・・・
まだまだ私には遠い道のりではあるが、この章句を胸に秘めて日々の
仕事に取り組もうと強く思う。


感謝、有難うございます。

1 / 812345...最後 »