社長ブログ

プロフィール

代表取締役 三浦 光一

1955年岩手県生まれ
子供の頃より社長になる夢を抱き、高校卒業後上京する。大学卒業時に5年後の会社経営を目指し、商社に就職する。縁あって休日に知人の清掃会社を手伝う。この体験を通じ、清掃業は新しい 産業であると確信、 28歳で一念発起して個人営業を始める。 29歳で株式会社第一ビルメンテナンスを設立。

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社長ブログ

伝説の領域に向かって

2016.11.08
一流の人物になるために

第一ビルメンテナンス

近い将来必ず一流の人物に成りたいと私は考えている。その為に「三流の人、二流の人、
一流の人」と言われる人物の具体的行動を考えてみた。

 
 

三流の人、二流の人、一流の人の具体的な行動を知ることで、私の行動を一流の立ち居
振る舞いに変えたいと考えている・・・人のふり見てわがふり直せという諺がある。

 
 

私の考える三流の人の行動とは、人の見ている所でも見ていないところでも努力しよう
としない人、努力を惜しみケチる人ではないだろうか。

 
 

自分の都合を最優先とし、周りの都合は無視をし、本能のまま、おもむくままに行動す
る人ではないだろうか。

 
 

また、主体性がなく指示命令待ちで仕事を行い、目的や目標を持てずに成り行き任せで
行動している人ではないだろうか。

 
 

二流と言われる人は、人が見ているところでは努力をするが、人の見ていないところで
は努力を惜しみケチる人ではないだろうか。

 
 

人生や仕事に対して成長し発展したいとは考えているが、そのために自ら努力はせずに、
他力に依存している人ではないだろうか。

 
 

一流の人物と言われる人は、人が見ているところでも見ていないところでも全力で物事
に臨み、努力を惜しまないケチらない人ではないだろうか。

 
 

物事の本質をとらえ、当たり前のことを当たり前として、正しいことを正しく行う。
常に最高の結果を出そうと努めている人ではないだろうか。

 
 

一流と言われる人は、周りの人々の幸せを願い、その為に自分を磨き、自分を鍛え自己
修養に努めている人ではないだろうかと私は考える。

 
 

一流の人物と言われるまでには、まだ、まだ、遠く険しい道である。しかし必ず近い将来、
一流の人物と言われる人になろうと強く思う。

 
 

一流の人物でなければ一流のリーダーを育てることが出来ない。一流のリーダーでなければ
一流の部下を育てることが出来ない。一流の集団にならなければ一流の会社になることは出
来ない。

 
 

感謝、有難うございます。

2016.10.10
「一流を考えるとき」

第一ビルメンテナンス

創業の頃、私は我が社の経営体制を次のようにしていきたいと社員に向かって話していた。
我が社は少数精鋭による経営を行い、全員参加で会社経営を行う。そして我が社の経営を
一流にする。

 
 

一流の経営とは、一流の人材、一流の企画力、一流の技術力、一流の信用力、一流の財務
内容を持っている会社である、と話していた。

 
 

33年たった今、振り返ってみた時に果たしてどうであるか、自問自答をしている・・・
私を導いてくれる言葉がある。「初心に返る」、「初心に返れ」と言う言葉である。

 
 

もう一度、初心に返ろうと考えた。そして初心に返り、一流と言われる会社を創ろうと
強く思う。

 
 

一流の会社と認められるには、私達全社員が一流と言われるような人物にならなければ
ならない。

 
 

一流の人物でなければ一流のサービスを行うことが出来ない。一流のサービスでなければ
お客様に喜びと感動を与えることが出来ない。

 
 

一流の人物と言われるような働き方をするために、私が考える「規範」物差しを作ってみた。
三流と言われる人物の働き方、二流と言われる人物の働き方、一流と言われる人物の働き方
を知ることで「規範」物差しとした。

 
 

三流の人物は、自分の事しか考えられない、言われてから行動を起こす、問題意識を持たない、
持続・継続性が無い、成果を出せない、容姿・身だしなみを全く気にしない、感謝・有難うと
いう心を持ち合わせてはいない人、ではないだろうか。

 
 

二流の人物は、行動を起こすが70%の力で仕事をし、問題意識が薄く、気づき・気づかいの心
がなく、持続・継続性にムラッケや波があり、諦めが早く、容姿・身だしなみを重要としない、
感謝・有難うとは言うが恩返しをしようとは思わない人、ではないだろうか。

 
 

一流の人物は、仕事の本質を理解し、言われる前に行動を起こし、最高の結果を出そうとし、
110%以上の力を発揮し、持続・継続性が高く、常に問題意識を持ち、気づき・気づかいの
心があり、成果・結果を出すまで決して諦めない、容姿・身だしなみは清潔で美しく整っている、
感謝の心を持ち恩返しをしたいと強く思う人、ではないだろうか。

 
 

このように考えて、三流、二流、一流の人物像の「規範」物差しを私は作って見た。この物差し
を使い、まだまだ未熟者である私が、一流を目指して具体的に行動をしていきたいと考える。

 
 

今の私は、三流、二流の人物である。一流の人物にはまだほど遠いと考える・・・しかし近い
将来には必ず一流の人物と認められ、一流の会社と認められるようになりたいと強く思う。

 
 

感謝、有難うございます。

2016.09.08
「復帰・復活に迷うは凶になる」

第一ビルメンテナンス

易経の中に「復(ふく)に迷う。凶(きょう)なり。災眚(さいせい)あり」と言う教え
がある。復とは復帰、復活、回復の時を表す。また、正しい道をそれてしまった時
の戻る方法を教えている。

 
 

自分の行うべき道、正しい道、歩くべき道を踏み外した時に、迷うことなく速やか
に素直に反省をすることで元に戻りなさい、と言っています。

 
 

「復に迷う」とは、自分で起こした禍であることを自覚しているのに、元に戻るこ
とをためらい、惜しみ、ケチっている迷いを指します。復(かえる)に迷えば永遠に、
正しい道、幸福の道に戻れなくなると教えています。

 
 

復に迷う。凶なり。「災眚(さいせい)」あり・・・「災眚(さいせい)」とは自分が
わざわざ作ってしまった禍のことを言います。

 
 

「災(さい)」とは、外部の要因、自然の中から起きた禍(わざわい)のことを言い、
「眚(せい)」とは、自分がわざわざまねいてしまった禍(わざわい)のことを言います。

 
 

自分で招いた禍(わざわい)とは、自分が正しい道を踏み外した為に起きた禍(わざわ
い)であり、この禍は自分で起こした禍(わざわい)であることを自覚しなければなり
ません。そして速やかに復に復(かえ)るべきです。

 
 

自己を弁護することでその場から逃げようとせずに素直に反省し、悔い改めることで
正しい道に自分を戻すことです。

 
 

自分が起こした禍を、あの人が悪いこの人が悪い、あれがなければこれがなければと
考えていることが、既に復に迷っている状況にあります・・・自分の招いた「眚(せ
い)」の禍と捉えて、道を踏み外してしまったと自覚し反省をして、速やかに正しき
道に復帰・復活することが大切です。

 
 

復帰・復活に迷い、惜しみケチると、「凶」になりさらに大きな禍(わざわい)が待っ
ていると教えています。

 
 

私は日常の中で起きた全ての禍は「眚(せい)」の禍と捉えます。そしてその禍を素
直に反省し、自戒することで速やかに正しき道に戻ることを選択します。そうする
ことで「凶」を「吉」に変えていきます。

 
 

感謝、有り難うございます。

2016.08.07
「未来を創るとは」

第一ビルメンテナンス

私たちは自分の未来を自分で創っている。一方でその結果を見てみれば、自分で意図しな
い未来が自分の前に現れてしまうために、自分で作った結果と認める人は極めて少ないの
が現実である。

 
 

しかし、良く考えてみると自分の未来を創っているのは自分以外にないことに気付く。
何故なら自分のことは自分で考え、自分で決め、自分で行動するしか方法がないから
である。
 
 

どのような人であれ、誰であれ、私たちの考え方を勝手に決め、勝手に行動させること
は不可能である。
 
 

しかし、現実には自分の人生や自分の仕事であるにもかかわらずに、誰かが決め、誰か
が代わりに行ってくれるだろう、と安易に考えている人が極めて多いのが現実である。
 
 

私はこの考えを他力依存と考えている。他力に依存してしまう限り自分の未来は他人任
せとなり、自分で未来を創りだすことが出来ない。
 
 

結果として、他力を求めている限り自分の人生も仕事も成り行きの未来になってしまう。
このように考えた時に自分の未来は偶然に起きているのではなく、自分で招きよせてい
る結果であるといっても言い過ぎではない。
 
 

他力を求めてただ漫然と日々を過ごしているようであれば、現状維持の姿勢である。
そこには何の成長も発展性もなく、より良い未来は決して創りだすことは出来ない。
 
 

他力でなく、自力で未来を創ろうとした時に、初めて自分の成長と発展性のある未来を
創ることが出来る。
 
 

私たちは自分の好きなことを目標として、好きなことの計画を立てた時には、ほぼ目標・
計画通りになっている。つまり好きなことの目標設定、好きなことの計画は、立てた時
点でその未来は実現しているのである。
 
 

私たちは自分の好きなことの未来は確実に実現している。しかし、自分自身でその未来を
実現しているということに気付いていないだけである。
 
 

例えば、ハワイに行きたいと考えている4人の人がいる・・・一人は「ハワイに行きたい
なー」と考え、一人は「ハワイに行けたらいいなー」と考え、一人は「ハワイに行く」と
考え、一人は「何としてもハワイに行く」と考える。この4人の中で誰が確実にハワイに
行くことが出来るのかと考えた時に自ずと答えがわかる。
 
 

「ハワイに行きたいなー」、あるいは「ハワイに行けたらいいなー」と考えている人は、
十中八九ハワイに行くことが出来ない人である。単なる願望だけで終わることになる。
 
  

「ハワイに行く」と考えた人は50%~60%の確率で行くことが出来るだろう・・・
しかし「何としてもハワイに行く」と考えた人は確実に100%の確率で行くことが出来
るだろう。
 
 

このように考えると、私たちは好きなことであれば誰でも自分で自分の未来を創りだし、
実現している。
 
 

つまり自分の好むこと、好きな未来は、必ず実現することをこの例えが教えている・・・
より良い未来を創る秘訣は、自分で自分の未来を楽しく想像し、好きになることである。

 
 

自分の仕事の未来は、自分の人生の未来につながる。そして家族の人生の未来にもつながる。
 
 

自分の人生、そして家族、仲間の未来を創りたいと思ったならば、仕事の目標や計画を楽し
みと捉え、何としても実現すると強く思うことである。 
 
 

そして自分の目的、目標、計画にほれ込み、寝ても覚めてもイメージし続けることである。
楽しんで愉快に未来を実現する方法は「惚れて通えば千里も一里」と言う諺が教えてくれている。
 
 

感謝、有難うございます。

2016.07.06
「全ての原因は自分にある」

第一ビルメンテナンス

若い時は、私に不都合な問題が起きるとその原因は外にあると考え、その問題の解決を外
に求めていた。

 
 

私に不都合なことが起きた時には、「あの人が悪い、この人が悪い」あるいは、「あれが
なければ、これがなければ」と考えていた。

 
 

そう考えて対策を打っている時には、何をやっても上手くいくことがなかった。ある時
「電信柱が高いのも、郵便ポストが赤いのも、全て貴方の責任である」という言葉を聞
いた。

 
 

私は愕然としていた・・・そんな馬鹿な?と思うが、そう考えてみよう、そう思ってみ
ようと考えた・・・「全ての問題の原因は自分にある」と考えた瞬間に問題解決の糸口
が見つかったのである。

 
 

私の目の前に起きている問題は全て私自身に起因していることに気付かされた。誰のせ
いでもなく、何のせいでもないことに気付かされた瞬間であった。

 
 

私の言動、行動、立ち居振る舞いから発生していることに気付かされた。私が優しくな
れば相手も優しくなる。私が怒りを持てば相手も怒りを持つ。私が誠実であれば相手も
誠実になる。

 
 

私の言動、行動、立ち居振る舞いが変われば、相手の言動、行動、立ち居振る舞いも変る。
まさしく「電信柱が高いのも、郵便ポストが赤いのも、全て貴方の責任である」を実感し
た瞬間である。

 
 

自分の人生を好転させたければ自分が変わればよい。人を変えたければ自分が変わればよ
い。自分が幸せになりたければ相手を幸せにすればよい。なんと簡単な人生、仕事の原理
原則であろうか。

 
 

今日も私は呟いている・・・全ての問題の原因は自分にある、問題を解決する糸口は自分
の心の中にあると呟いている。

 
 

感謝、有難うございます。

2016.06.05
「打つ手は無限にある」

第一ビルメンテナンス

万策尽きた、もう限界、もう無理かも知れないと思った瞬間に、何故かこの言葉が浮かん
でくる。「打つ手は無限にある」ということばである。

 
 

大きな壁にぶつかった時、もう限界と思った時、決まって浮かんでくる言葉である・・・
私はこの言葉に救われる。

 
 

もう駄目か、もう限界か、と思った瞬間に思わず吐いている。「心配するな、打つ手は
無限にある」とつぶやいている。

 
 

言葉の語源を調べてみた。「滝口長太郎」氏の書いた詩であった。戦後のドン底、無一文、
病身の三重苦から七転び八起き、一大事業王国を築いた千葉県船橋出身の実業家である。

 
 

詩の内容は次のようである。

 
 

『すばらしい名画よりも、とてもすてきな宝石よりも、もっともっと大切なものを私は持
っている。

 
 

どんな時でも、どんな苦しい場合でも、愚痴を言わない。参ったと泣き言を言わない。

 
 

何か方法はないだろうか、何か方法があるはずだ、周囲を見回してみよう。

 
 

いろんな角度から眺めてみよう、ひとの知恵も借りてみよう、必ず何とかなるものである。

 
 

何故なら打つ手は常に無限であるからだ。』

 
 

私が42歳の時に出会った詩である・・・今日も私は「心配するな、打つ手は無限にある」
を唱えている。

 
 

感謝、有難うございます。

2016.05.17
「人生・不変の真理」

第一ビルメンテナンス

人生には不変の真理がある。人は誰でも必ず老いていく、そして人は必ず死ぬ。もう一つ
いえばいつ死ぬかわからない。

 
 

これは生きとし生けるもの全てに対しての不変の真理である。誰一人逃れることは出来な
い真理である。

 
 

そう考えたとき、私の100年カレンダーを作ってみた。最長に生きたと想定したところ
に印をいれてみた・・・その印が私の命日となる。

 
 

100年カレンダーが私に命の限界を教えてくれた・・・残された人生の短さ、果敢なさ
(はかなさ)を思う。命日を知った時、今あるこの命、決して無駄に過ごすわけにはいかな
いと考えた。

 
 

禅の教えは、今を生きる、この一瞬を生きる、それが息をしていることである、そして生
きるということである、という。

 
 

過去はない、未来もない。あるのは今、この一瞬だけである。この瞬間、瞬間を生きるこ
とだけである。

 
 

100年カレンダーが教えてくれた一日の大切さである・・・人生は、悲しみ、苦しみが
ある。共に、喜び、楽しみもある。悲しみ苦しみがあるから、喜び楽しみが生まれる。

 
 

しからば、悲しみ苦しみを与えてくれた天に感謝する。そして、喜び楽しみも与えてくれ
た天に感謝する。

 
 

天からもらったこの命、残された命、限りあるこの命を、天命を全うするために使い切り
たいと強く思う、今である。

 
 

人生、不変の真理が教えてくれた命の喜び、生きる喜び。この喜びを、家族、友人、仲間、
私にかかわる全ての人々とともに味わいたいと切に思う。

 
 

感謝、有難うございます。

2016.04.07
「入社おめでとうございます」

第一ビルメンテナンス

新入社員の皆様、本日は誠におめでとうございます。皆様は、今日から社会人として
スタートを切ることになります・・・新社会人の皆様に心からお祝い申し上げたいと
思います。
 
 

また、こうして我が社の新しい仲間として皆様を迎える事が出来まして、本当に嬉し
く有難く、感謝申し上げます。
 
 

皆様はこれまで学校にお金を支払って勉強してきたわけであります・・・当然であり
ますが皆様は学校にとってはお客様でありました・・・しかし、今日からは全く違い
ます・・・皆様は、もうお客様でも、学生でもありません。
 
 

これからの皆様は、一人の大人として生きていかなければなりません・・・そして生
きていくために仕事をして報酬を得ることになります。
 
 

報酬を得ると言うことは、プロになると言うことです・・・今日から皆様はプロとし
て見られます。
 
 

プロとは、「自分で高い目標を立てられる人」、 「成果を出すために約束を守れる人」、
 「成功させるための準備ができる人」、 そして「自ら進んで代償を支払おうという
気持ちを持っている人」、つまり、仕事に対して責任を持とうとする人であります。
 
 

社会に対しても同じことがいえます。これからの皆さんの言動、行動、立居振舞には常
に責任が生じてくることになります・・・今日から皆様はこのことをしっかりと自覚す
る必要があります。
 
 

社会人としてのスタートは、誰でも期待と不安が交錯します。皆様には、これからの人生、
仕事を迷うことなく大いに楽しんでいただきたく思います。
 
 

今日の晴れやかな日に皆様のご参考になればと言う思いを込めて、一つだけお話を申し上
げて私のお祝いの言葉とさせていただきたく思います。
 
 

私も皆様と同じ新入社員の時に聞いた話しであります・・・そのお話は「人生・働き方」
についての考え方でありました。
 
 

そのお話では、「知恵のある人は知恵をだして働く。知恵のない人は汗をだして働く。
知恵も汗もだそうとしない人は、やがて50、60歳になり涙に変わるであろう」と言わ
れました。
 
 

私はこの言葉を聞いた時に、50、60歳になり涙を流すのは嫌だと瞬間的に思いました。
ならば、私には知恵がない。知恵がないならば、ただひたすら汗を流して働こう、と心に
誓いました。
 
 

私は夢中でただひたすら汗を流して働きました。そうしましたら驚くことに私にも少しば
かりの知恵がついてきたのであります・・・そのお陰で私は仕事と人生をおおいに楽しむ
ことが出来ております。
 
 

皆様もこれからのご自分の人生にぴったりとくる言葉、心に誓う言葉を見つけだして、そ
れをご自分の胸に秘め実行することで「人生と仕事」を大いに楽しんでいただきたく思い
ます。
 
 

皆様にはこれからの人生を素晴らしい人生にしていただきますように心からお祈り申し上
げまして、簡単ではありますが私のお祝いの言葉とさせていただきます。
 
 

感謝、有難うございます。

2016.03.09
「群龍首なきを見る。吉なり」

第一ビルメンテナンス

「群龍首(ぐんりゅうかしら)なきを見る。吉なり。天徳首(てんとくしゅ)たるべか
らざるなり。」ものごとの「主(あるじ)」とならない龍の在り方を易経の中で教え
ています。
 
 

私が初めてこの言葉を知った時の驚きは衝撃的でありました・・・またこの言葉で
私のいたらなさ、愚かさを知ることが出来ました。
 
 

優秀な人たち、力のある人達の集まりを群龍と言います。その群龍が一致団結して
一つの方向を目指しているときは、とてつもなく大きな仕事を成し遂げることが出
来ます。
 
 

しかし優秀な龍、力ある龍が競争し、お互いに足の引っ張り合いをするのが通例で
あり、よく起きうることであると教えています。
 
 

このような時には、もったいない話ですが本来の龍の力を発揮することができなく
なります。この優秀な龍たちの力を発揮させるために「首(かしら)なきを見る」、
頭を出してはいけないと教えています。
 
 

つまり私は「偉い」、「正しい」・・・だから私の言うことを聞け、という威圧的
な態度をとってはいけないと教えています。
 
 

「威厳」とか「逆鱗」は人々に好かれません。ですから龍は、いつも雲の中に首を
隠しています。龍の鋭い爪、牙はすべて首にあります。だからその首を布で覆い隠
しなさいと教えています。
 
 

頭、首を出さないという意味は、俺が俺がではなく、常に慢心を抑えて謙虚になら
なければなりません。そして全ての人々の意見を採用して、より良い方向へと導い
ていこうとする態度が必要です。
 
 

優秀な人たちの中では、その優秀な人たちの意見を採用する器量や度量を持つ事が
本当に優れた「龍」の条件である、ということを教えています。
 
 

龍は雲と共にいなければ力を発揮する事ができません。また雲と共にいなければ
「抗(こう)龍(りゅう)」となり空から落ちてしまいます。雲とは、周りにいる優
秀な人たちのことを言っています。
 
 

雲に逃げられてしまう態度とは単なる競争だけを目的としている態度、あるいは
「自分の我欲」、「自分の都合のみを優先」し、それを皆に押し付けている態度の
ことです。
 
 

私は雲から逃げられないために、私の「傲慢な態度」、「不遜な態度」を戒めるこ
とで常に謙虚にあり続けます。そして全従業員の衆知を集め、最高のお客様サービ
スができる体制を創っていきます。
 
 

感謝、有り難うございます。

2016.02.07
「明るい職場、楽しい職場は誰が作る」

第一ビルメンテナンス

明るい職場、楽しい職場は「自然にできるものではない」ならば、誰が作る?
 
  

明るい職場、楽しい職場は誰かが作ってくれるものではない。「明るい職場、楽しい職場」
は、そこにいる「あなた」が作るのです。
 
  

明るい家庭、楽しい家庭は誰かが作ってくれるものではない。そこにいる「あなた」が作る
のです。
 
  

明るい社会、楽しい社会は誰かが作ってくれるものではない。そこにいる「あなた」が作る
のです。
 
  

明るい国、楽しい国は誰かが作ってくれるものでもない。そこにいる「あなた」が作るのです。
 
  

この言葉を書き出すうちに「私の心」が震えていた・・・明るい会社、楽しい会社は、誰が作
るのでもない、そう、「私」が作るのです。
 
  

私達一人一人がこの気持ちを持った瞬間に、「明るい職場、楽しい職場」は既に実現している
だろう。
 
  

明るい職場、楽しい職場には、「福の神」が寄ってくる・・・私は明るい職場、楽しい職場を
作り、わが社に「福の神」を招き入れる。
 
  

感謝、有難うございます。